【津山】加茂町倉見|都井睦夫の生誕地を歩く、静寂と穏やかな風景の記憶

穏やかな山里に眠る、歴史の影|倉見探訪
先日から何度か加茂小学校倉見分校跡の話題を出していますが、取材の為に訪れた津山市加茂町倉見。
この地といえば、もう一つ津山事件との関わりのある土地としても有名です。今回はその生家跡を目指して歩いていこうと思います。
先にブログでお墓の話題を紹介している通り、津山事件の犯人である都井睦夫が生まれたのが倉見です。
幼い頃に両親を亡くし、祖母に連れられ倉見を離れて後に辿り着いたのが事件の起きた加茂町行重でした。
倉見は地区としてはかなり広大ですが、人が住んでいるのは県道336号の起点からすぐ北側と西側に集中しています。
今回訪れたのは倉見分校も含めて、全て西側です。
少し大きめの道路にバイクを停めて、地区の入り口に立ちます。
加茂町かつて賑わっていたのは道路からも近い、こちら側だったのだと思います。今は空き家になっているところも含めて住宅も複数見られますし、倉見神社や、倉見分校もこの辺りです。

ただただ道を歩いていきます。
先ほども書いた通り、西側の集落は手前側と更に奥に行った二か所に分かれており、その間は木々が生い茂る山の風景が広がるだけです。
私が移動している間に通ったのは、ごみの収集車のみでした。
以前に津山事件の起きた貝尾集落の位置についてブログで記事にしたことがあります。
貝尾は加茂町の中心部からわりと近い位置に所在し、事件のイメージのような人里離れた集落というわけでない…と。
元々いた場所が倉見で、そこから肺結核の家系であることを理由に家督相続から外され、後に貝尾に辿り着いたという事で、倉見の方が栄えた場所のようなイメージを抱くかもしれません。
しかし実際に貝尾が抱かれがちなイメージに近いのは、倉見の方と言えそうです。

既に耕作放棄地のようになっている場所もチラホラ見受けられますが、これらが全て耕されていた時代があるのでしょう。
そしてこの地に多くの財産を持っていた都井家が、かなり裕福な家だったというのも納得できます。
念のために書き加えておきますが、倉見には現役で使用されている田畑も数多く存在します。
さて、前置きが長くなりましたが…。

これが都井睦夫の生家があった場所です。
2015年に取り壊された後、特に利用される事もなく空き地のままです。
よく見ると土地に段差がありますが、奥側の少し高くなっている場所がスロープ状になって家の玄関に繋がっていました。
それにしても穏やかな風景です。
歴史に「たら、れば」は厳密とは言いますが、都井家の家督を相続することが出来なかったとしても、この穏やかな土地に留まって暮らしていれば。
あのような事件を起こす事は無かったのかもしれません。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。














