【高梁】「童謡の町」が遺した街角の記憶|中田喜直が絶賛した風情と、向町・なかよし像

看板の傷みに刻まれた文化の記憶|高梁市・「童謡の町」の足跡を歩く
高梁市落合町阿部でこのような看板を見かけました。
備中松山城の下に「童謡の町たかはし」の文言があります。
昭和61年頃から進められていた取り組みで、作曲家の中田喜直(当時、日本童謡協会・会長)が高梁を訪れた際に童謡が似合う街並みだと絶賛しました。
それを受けて進められた取り組みです。
中田氏といえば、『夏の思い出』や『ちいさい秋みつけた』、『めだかの学校』などの名曲で知られる偉大な作曲家です。そのような人物に見いだされた同様の似合う町というのは誇らしい称号です。
最近ではこのフレーズでの町興しは余り聞きませんが、まだ市街地の方でもその名残が見られるスポットはいくつかあります。
実際に少し中心部を離れて周囲を見渡してみると、中田氏が感動した理由がひしひしと伝わってきます。過度に開発されず、地域の中心を大きな川が流れる風景は同様に出てくる、日本の古き良き時代を思わせる風情がありますね。
中央市街地はさすがに開発が進んでいますが、落合町など少し離れただけで、昔ながらの日本の風景が残っているのも高梁の特徴と言えます。

こちらは高梁市向町の高梁市郷土資料館の前にある公園の「なかよし」像です。
男女が腕を組んでる様子が銅像になっていますが、これも動揺の町の取り組みの一つとして作られたものです。
ここ最近の高梁市は備中松山城の雲海を活かして天空の山城として売り出したり、城に住み着くようになった猫を猫城主・さんじゅーろーとして人気を博したりと、新たな取り組みが成功して県内でも有数の観光地として人気を博しています。
童謡の町というのが、今の時代ではあまりキャッチ―ではないのかもしれませんが…。
今のブームが落ち着いたら、また童謡の街づくりにも取り組んで欲しいなと思うのです。過剰な演出を必要としない、高梁が本来持っている静かで豊かな文化的ポテンシャル。
例えば、まずは冒頭でご紹介したような、長年の風雨で少し傷んでしまった街角の案内看板をきれいに修復したり、点在する銅像の周りを整備したりといった、小さな「記憶のメンテナンス」から始めてみるのも素敵ではないでしょうか。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。













