【倉敷】船穂・一ノ口水門|江戸のパナマ運河「高瀬通し」の水位を操った先人の知恵

高梁川の恵みを港へ運ぶ大血管|倉敷市船穂町・一ノ口水門と高瀬通し
先日、倉敷大橋を通る為に倉敷市船穂町周辺を訪れました。
その時に一緒に訪問したのが一ノ口水門です。
江戸時代の大名が、この地域で新田開発を行った際に造られました。
当時、流から運ばれてくる物資は、船底が浅い「高瀬舟(たかせぶね)」という川舟で運ばれていました。この高瀬舟を、干拓地を縦断して貿易港である玉島港まで安全にスムーズに通すために作られた、約9kmの専用運河が「高瀬通し(たかせどおし)」です。
その運河の「一番最初の入り口(スタート地点)」として機能していたのが、この一の口水門です。

しかしこれだけでは船の航行に問題がありました。
高梁川と、新しく作った高瀬通しの間には「水位の差(高低差)」がありました。そのままでは水が一気に流れ込んでしまったり、舟が段差を越えられない事も考えられます。
そこで先人たちは、驚きの工夫を凝らしました。一の口水門から約350m下流に、もう一つの「二の水門」を設置。
水門と水門の間(船だまり)に舟を入れ、木の板を上下させて水位を調節し、階段を上り下りするように、水位を合わせてから舟を安全に進められるように工夫をしました。

水門の建物の様子は公開されておらず、現地に写真があって案内されています。
わりとそのままで残されているようですね。
…と思って帰ろうと思ったのですが、実はこの建物の上側に隙間があります。
ごくわずかな隙間ですが、一脚でカメラを伸ばして撮影することが出来ました。

仕組みのユニークさに対して、実は凄くシンプルな構造で作られているのですね。
作られた時代柄を考えると、そう緻密なものが作れるわけではないのでしょうが、これだけの施設で水位を調整し、高瀬舟の航行を可能にしたわけです。
尚、現在はその役割を終えて遺構としてのみ残されています。
ちょっと感動しますね。

外からもしっかり見学できるようになっています。
この場所は住宅地側からだと下りていけないようになっており、県道279号の方からのみ行けます。
階段もあるのであまり危険な事は無いと思いますが、足を滑らせると高瀬通しに落っこちるので注意が必要です。
現在、ほとんど水位は無いのでおぼれるような事は無いと思いますが、びしょぬれにはなります。
ちなみに二の水門はここから徒歩数分でたどり着ける場所にあります。訪問の際は合わせて見学するのが良いでしょう。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












