1961年・池田動物園の改装と「民度」の正体|郷土誌が記した動物たちの受難

記録が語る「昔の日本人」|1961年・池田動物園リニューアルの影で
1961年、池田動物園の改装から探る当時の「民度」
最近、SNSなどで日本人の民度が下がったというような論調の投稿を見かけることが増えてきました。
かつては世界に誇れる日本人…といったところが、最近では…というような感じの。
たまにニュースなどでも、そういう事を皮肉ったような記事を見られるので、このブログの読者の方も見たことがあるという人も多いのではないでしょうか。
ただ、私は岡山の郷土史を追いかけていて、色々と当時の庶民の生活に関して調べることも多くあります。
その中で、今の日本人の民度がどうこうというのはひとまず別にして、過去の日本人の民度が言うほど高かったのか?という事には、若干の疑問を覚えます。
今回は1965年の「論説岡山」という郷土情報誌で興味深い話題を見つけたので紹介します。

こんなまがまがしいタイトルが踊る記事ですが、これ…なんの話題だと思いますか?
実は池田動物園に関する記事です。
1961年、岡山国体に向けて池田動物園では大掛かりなリニューアルを実施しました。
このタイトルはその記事に中の一つです。
リニューアルから約4年で客足もまずまず伸びて一安心…といった論調が前半ですが、後半では逆に失敗に終わった施策について紹介されています。
その中の一つがこの記事です。
殺される仔犬の真相
では気になっている人も多いと思うので、まずはこの殺される仔犬という記事について紹介してきます。
これは「子供動物園」という取り組みに関するものです。
放し飼いにした仔犬やウサギといったい温厚な動物と、子供たちが自由に触れ合えるというコンセプトの施設でしたが、子供の犬の扱いが雑で死亡事故が絶えなかったというものです。
当時の池田動物園では仔犬の販売も行っており、その営業を兼ねた施策…という意味合いもあったようです。
しかしそのコンセプトの為に血統のしっかりした犬を子供動物園にも導入しており、損失がかなり巨額になってしまい、子供動物園は閉鎖される事になりました。
子供のすること…とはいえ、動物園に子供だけで来ているとも思えません。
最近の親は子供を叱らない…なんてよく聞きますが、1965年の親も、子供が仔犬を傷つけたり、殺してしまうほど乱暴に扱っているのを放置していた事になります。
要するにいつの時代も親は子供に甘いものなのかもしれません。
ちなみに仔犬を盗まれるという被害も多かったそうです。
消えた鳩の真相
同じ記事内では動物園の上空を飛ぶ鳩が減ったという事柄も報じられています。
これ、理由が分かりますか?
当初は餌を捲くことで鳩が舞い降りてきて、鳩と交流が出来るというアトラクションのようになっていたそうです。
しかしその鳩に悪戯をする人や、東京オリンピックがきっかけでブームになった伝書鳩の為に、捕まえて持ち帰るような人までいたのです。
このことから鳩が池田動物園や、人間を危険だと認識して近づかなくなったのです。
その数、最盛期が100羽以上いたのが、この記事が出た時点では30羽そこそこだったそうです。
時期的に伝書鳩のブームが起きた翌年という事で捕まえる人が多かったというのもあるのでしょうが、なかなか考えさせられる一件です。
他にも…
同じ記事の中では、他にも檻の中にいる動物に石を投げたり、棒で悪戯をしたり…という内容が記載されています。
特にワニはその為に片目が潰れてしまっていたそうです。
私は当時の人々を非難したいわけではありません。ただ、過去はしばしば美化され、都合の悪い記憶はこぼれ落ちていくものです。
「昔に比べて今は……」と嘆く前に、それぞれの時代が抱えていた歪みや未熟さを、こうした一次資料から直視することは、現代を柔軟に生きるためのヒントになるのではないでしょうか。
ほら、若者を否定しているあなたも、動物園で檻の動物に何かいたずらをしたような記憶がありませんか?
参考資料:「論説岡山」№2889 1965年9月号
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












