金光町のマイナー史跡巡り|失われた銘木「津澳の森」と千年比丘尼(八百比丘尼)の伝承

三十三間堂になった巨木と「不老不死」の尼。金光町に眠る伝説の地・津澳の森を歩く
失われた銘木「津澳の森」
先日から続く金光町での散策の終わりに、バイクを停めてある場所へ戻るのに住宅地を歩いていると、何もないような場所に不意に案内看板が見えてきました。
これは恐らく旧金光町時代に、町内にある史跡を紹介する為に設置されてきたものです。
古くなったり、案内の内容が既に失われていたりするものもありますが、観光ガイドには出てこないようなマイナースポットも紹介されていています。金光町の街歩きの楽しみの一つと言っていいでしょう。

しかし、この風景のどこに史跡があるというのでしょう。
どこから見ても昔ながらの住宅地でしかありません。
小さなお社があるので、それの事かと思って案内板を見てみたところ…。

この周辺はかつて海岸が広がる海辺だったそうです。
そこに森と見間違われるほどの立派な柳の巨木がありました。
その銘木が「津澳の森」と呼ばれており、この地はその木のあった場所なのだそうです。
残念ながら京都の三十三間堂を建設する際に、木材として選ばれて切り倒されてしまい、今ではその痕跡すら残されていません。
ちなみに津澳の森にはもう一つ別のエピソードがあります。
千年比丘尼の伝説と柳
浅口市金光町には千年比丘尼という尼の伝承が残されています。
「八百比丘尼(やおびくに)」の名称でも知られる女性で、人魚の肉を食べてしまったことから不老の体を手に入れてしまいました。
不老は全人類が憧れるであろうフレーズですが、千年比丘尼が直面した現実は決して甘いものではありませんでした。
夫が死に、子供までも先立ち、それでも彼女は若いまま。老いない、死ねないという事は大切な人を失うばかりの人生だったのです。
後に彼女は出家し、全国行脚の旅に出ていきました。
その出発の際に杖をこの辺りの土地に突き刺し、やがてこの杖が根付き津澳の森になったと言われています。
ちなみにその後の千年比丘尼の消息は明確ではなく、消息不明になったとする説、どこかで亡くなったとする説、自ら命を絶ったとする説など、色々な説があります。
今もどこかで、生き続けている可能性も十分に考えられます。
もし金光町で懐かしそうに津澳の森の辺りを散策している若い女性がいれば…、その人は千年も生きているのかもしれません。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












