先日、前から気になっていた岡山市の高田地区を散策してきました。
余りスポットが多い土地ではありませんが、とても興味深い場所が幾つか見られます。
その中でもずっと気になっていたこちらの看板もチェックしてきました。

吉備津彦の妃、高田姫の生誕地を示す看板です。
以前に通りすがった際に見かけていて、どういう内容なのかと興味深く思っていました。
吉備津彦は岡山県に伝わる温羅伝説で温羅の討伐に出向いた人物です。温羅伝説が桃太郎伝説の起源になっているという説を採るなら、吉備津彦は桃太郎であり、高田姫は桃太郎の奥さんということになります。
いやー、鬼退治という偉業を成し遂げただけになかなか美人な奥様をお迎えになられてますなぁ…。
閑話休題。
ではこの矢印の向こうに生誕地とされる遺跡でもあるのかというと…。

実はそれらしいものは何もありません。周囲をくまなく散策したものの、高田姫生誕地を示すようなスポットは見つけられず。
Googleマップ上でもそれらしい地点は登録されていません。単に高田地区で生まれたという事を指しているっぽいですね。
ちなみに高田姫を神として祀っているという点では、すぐ近くに鼓神社があります。
ただ一つ、これかな?と思うスポットはあります。

実は下高田にはかつて高田姫の父とされる楽々森にまつわる神社がありました。その名も楽々森神社です。
吉備津彦と共に温羅と戦った人物で、桃太郎伝説のサルのモデルと伝えられる人物です。読み方が「ササモリ」なので、転じてサルになったという事でしょうか。
ただこの神社は1920年、大正時代に前述の鼓神社に合祀された為に現存しません。元々は下高田全体で祀られていたという事で、氏神かそれに準じる存在として信仰の対象になっていたと思われます。
その事から娘の高田姫の生誕地であるという伝承に繋がっていったのだと思われます。ちなみに、この看板に描かれているイラストも高田姫です。

一応、神社のあった場所は遷移後も祀られているようですが、残念ながら訪問時はその場所を訪れるための道が見つけられませんでした。
神社跡の石碑があるのは写真中央の辺りにある木ですが、ご覧の通りの状態です。訪問時が夏なので、雑草が落ち着く時期になれば川沿いが歩けるのかもしれませんが、どこからどこまで地面があるのか分からない状態では歩けません。それと田んぼの方もいい時期なので電気柵がしてあったりで、無理やりに入り込むのは難しいような状態です。
この神社跡に関してはまた別の記事でも紹介しますね。
…という事で、実は何もなかった高田姫の生誕地でした。高田姫のお参りをしたいという人は鼓神社に行ってみてくださいね。
