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備中国分寺

備中国分寺

詳細

宗派:真言宗御室派
所在地:総社市上林1046
国指定:重要文化財(五重塔)、史跡(備中国分尼寺跡も含む)
駐車場:有り


備中国分寺とは

 備中国分寺は名前にもある通り、備中国の国分寺です。

 国分寺は奈良時代(8世紀)に聖武天皇が仏教の力で国を収めようと、日本各地に建立していった寺院で、全国各地に同様の寺院がある為に国名が冠されています。
 岡山県内には他に美作国分寺があり、既に寺院自体は残されていませんが備前国分寺も存在していました。

 時代の変化の中で廃れていった寺院も少なくなく、備中国分寺もずっと続いたわけではなく、中世の頃に一度廃されています。
 16世紀と18世紀の二度に亘って再興されて現在に至っています。
 岡山県内では唯一の五重塔を持ち、周辺一帯を指す吉備路のシンボルとして知られています。 

備中国分尼寺跡

 備中国分寺から徒歩すぐの場所に備中国分尼寺の跡が残されています。

 国分尼寺は国分寺と同じく聖武天皇の詔により、全国各地に建立された尼寺です。
 規模的にはかなり大きな寺院であったと考えられていますが、南北朝時代(14世紀半ば~後半)に戦火で焼失してしまい、そのまま再興されることなく廃寺になりました。

 建物は残されておらず、寺院があった場所には現在は木々が茂っています。
 しかし建物の礎石は多く残されており、建物の大きさや配置など、寺院があった当時の面影を現在に伝えています。
 こちらも国の史跡に指定されています。

五重塔、買うよ!

 前述の五重塔は寺院が18世紀に再興された後、江戸時代後期の弘化年間(1844年~1847年)に建てられました。
五重塔
 厳密には新たに作ったのではなく、奈良時代に焼失した七重塔を再建したものです。
 再建計画は当初、三重塔になる予定でした。
 しかし途中で五重塔に計画が変更された為、当初の計画であった三層目までと追加で計画に加わった四層、五層目では用いられている木材が異なっています。

 五重塔には面白いエピソードが残されています。
 実は過去に買取の申し出を受けた事があるのです。

 確かに立派だけど、いったい誰が五重塔を欲しがるの…?と不思議に思うかもしれませんが、実は京都の寺院なのです。
 見た目に華がある五重塔を探してほしいと、ブローカーに依頼しており、そこから備中国分寺に問い合わせがあったのだとか。

マップ



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関連リンク


写真:備中国分寺と五重塔
写真撮影:岡山の街角から

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