TOPコラム>倉敷にチボリ公園があった頃-10

チボリのクリスマスツリー

公園跡のその後

公園のその後

 倉敷チボリ公園が廃園となった後、施設などは解体され、土地は地主であるクラボウ社へ返還されました。

 その後に、イトーヨーカ堂が主導で再開発が行われ、ショッピングモールである『アリオ倉敷』と『三井アウトレットパーク倉敷』が建設されました。
 そしてその境目には倉敷市が管理する新たな公園、『倉敷みらい公園』が整備されています。

 駅前は時計台を中心とする一帯はチボリ公園の頃のままですが、建物は上の写真のように大きく変わっており、雰囲気が一変しました。
 しかし、チボリ公園があった頃の景色が全て失われたわけであはりません。

チボリの残り香

倉敷みらい公園
 新たに作られた倉敷みらい公園は、遊具を楽しむばかりではなく、公園の雰囲気の中でゆったりとした時間を過ごせる作りになっています。
 規模こそ縮小されたものの、もしもチボリ公園を市民公園化が実現していたら、こんな感じだったのかなと感じさせるつくりです。

 樹木はチボリ公園のものも残されており、特に園内を流れる倉敷用水の周辺では、倉敷チボリ公園時代を彷彿とさせる風景を見ることが出来ます。
 
 倉敷チボリ公園は派手なアトラクションを売りとする日本のテーマパークへ一石を投じるような、静かな時間を過ごせる為のテーマパークでした。
 その名前や形は失われ、大きく変わってしまいましたが、それでもそのコンセプトは脈々と受け継がれているようでした。
クスノキ広場
 クスノキ広場と名付けられたアリオ倉敷と三井アウトレットパークの間くらいにあるクスノキはチボリの頃にもあったもので、元々倉敷市が独自に行っている、地域のシンボルとなるような大きな木を『倉敷の巨樹・老樹』として指定する制度にも選ばれています。

 イタリアンレストランとして人気だったイタリアンクッケンのシンボルでもあったものです。


最後に

 ここまで10回に亘ってコラム『倉敷にチボリ公園があった頃』を続けてきましたが、一応ここで終了とさせて頂きます。
 今後、使わせて頂けるお写真等があれば、少しずつでも補強していく事が出来れば良いかなと思っています。もしご協力頂ける方がおられればメールでも頂戴出来れば幸いです。

 さて、今回のコラムは倉敷チボリ公園のいいところを忘れないようにと思って作りました。
 商業的な面などで様々な問題があったのは事実でしょう。
 だからこそ結果として、閉園となっていったのでしょうが、それは様々な書籍やサイトで語りつくされている事なので、僕はあえて公園のいいところをピックアップしました。

 公園の持っていたコンセプトは否定されるべきものではなかったと思うし、何よりもそこで大切な思い出を作った方々が、もう一度、その時の風景を尋ねてみたいと思った時に、その場所が否定されているのは寂しすぎる。
 このコラムが「良い公園だったよね♪」と、公園を訪れた事がある人同士で言葉を交わせるような場所であってくれればいいなと思います。

<<前の記事へ TOPへ戻る

画像提供:プランク

目 次



 -戻る-



ページトップに戻る