TOPコラムコラム・岡山の企業>15.三好野本店

『三好野本店』

仕出し料理の老舗

 岡山で駅弁や仕出し料理の老舗として有名なのが三好野本店です。

 岡山の郷土料理であるばら寿司を駅弁用に仕上げた【祭り寿司】を開発、販売している企業です。
 祭り寿司の名前は同社の登録商標でもあります。

 しかし実は三好野本店は元々は米問屋から始まり、旅館を営んでいました。
 それが仕出し弁当などの食品へ転じるのには、若林加之という女主人の存在が有ります。

線路への貢献

 時は明治時代に遡ります。
 当時の同社はまだ三好野の名前で、京橋の辺りに旅館を出していました。
 鉄道がない時代なので、京橋の辺りは川を行く船などで非常に賑わっており、旅館の運営も非常に順調だったそうです。

 そこへお客として宿泊したのが、山陽鉄道の社長です。
 同社は現在の山陽本線などを作った会社で、三好野に宿泊したのも岡山に鉄道を通す為に訪れていた為です。
 その時、経営者だった若林加之は鉄道のもたらす大きな経済効果について聞かされたのだそうです。

 そこで彼女はこれから賑わうであろう駅前の土地を、なんと相場の10倍もの費用を出して買い占めていったのです。
 その土地に新たな旅館である三好野花壇を作り、更に一部の土地を駅の為に譲渡したのです。

 しかし彼女の行為は更なる効果を生み出します。
 それまで線路や駅の用地の為に必要となる土地の売却を渋っていた地主たちが、その評判を聞いて徐々に土地の売却を承諾するようになっていったのです。

 この功績から、三好野本店は完成した駅の支度所(休憩のためのスペースでレストランなどが完備されていた)の運営を任されることになりました。
 同社はここから徐々に駅弁など弁当の業界に参入していく事になりました。

三好野本店とマスカット

 ところで三好野本店は岡山のマスカットの普及に貢献した企業でもあります。

 1888年、岡山で初めてマスカットの栽培が成功しました。
 それが最初に持ち込まれたのが、他ならぬ三好野だったのです。

 持ち込まれたマスカットを一粒食べた当時の主人は、持ち込まれた一貫分のマスカットを2円で買い取りました
 当時の2円は現在の貨幣価値だと3~5万円に相当する大金です。

 これが評判となり、マスカットを栽培する農家が急増しました。
 三好野が下したマスカットへの高い評価が、岡山におけるマスカット栽培を定着させたのです。

所在地

岡山県岡山市中区桑野131-6(本社所在地)

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写真:『本社所在地』
写真提供:Googleマップ


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