TOPコラム岡山の著名人>六姫

岡山とハッカ

『六姫』

解説

 岡山藩主・池田光政に六姫という娘がいました。
 名前はそのまま光政の六女である事に由来しています。

 六姫は光政の侍女の娘で、5歳までは母方の祖父母の手で育てられました。
 その後は岡山城で育ちましたが、母親と対面することはなかったそうです、
 こうした経緯もあって、親の愛情が足りなかった為か、非常に嫉妬深い性格に育ちました。

 最初の夫はその嫉妬深さと束縛に耐えきれずに逃げ出してしまい、後に切腹する事になってしまいました。
 次の夫は侍女といる様子を見付けるや嫉妬に狂い、ついには殺害してしまいました。

 後に岡山城の西の丸の付近へ屋敷が設けられ、そこで二番目の夫との間に出来た娘と共に暮らしました。
 その屋敷での生活には父である光政も顔を出し、心穏やかなものだったと伝えられています。
 しかし残念ながら、若くして亡くなっています。




一覧へ戻る


関連リンク






ページトップに戻る