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地名の由来:藤戸

地名の由来

 倉敷市の藤戸地区は、古くは源平合戦の舞台にもなった場所です。
 その当時はまだ藤戸の辺りには海が広がっており、藤戸という地名は海だった頃の藤戸海峡の名前から来ています。

 海峡の形が藤の花の形に似ていた為とも、潮の流れが急であったので、遠くから見ると海面がまるで風に吹かれている藤の花のように見えた為とも言われています。

 現在は藤戸海峡は陸地になっていますが、かつては金刀比羅宮と由加山の両参りで行き来する人々で賑わう港町でもありました。

 元々は藤戸町という独立した自治体でしたが、1954年に倉敷市と合併しました。
 周辺の地名に【藤戸町○○】と町名を冠しているのは、その当時の名残です。

佐々木盛綱のエピソード

 現在は海だった頃の面影はほとんど見当たらない藤戸地区ですが、源平合戦の際に次のようなエピソードが残されています。

 藤戸で海を挟んで退治していた平家と源氏。
 しかし、船を持たない源氏は、船を持つ平家から挑発行為を受けてもやり返す事が出来ず歯がゆい思いをさせられていました。
 そんな時、地元の住民から馬で渡れる浅瀬の存在を耳にします。

 そしてその浅瀬を渡り、油断していた平家に奇襲を仕掛けたのです。
 まさか船無しで海を越えてくるとは思っていなかった平家は敗北を喫してしまいました。




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写真:藤戸地区にある佐々木盛綱の像
写真提供:Googleマップ

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